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アニメ考察「魔法少女まどかマギカ」

震災に配慮して放送を見合わせいた「魔法少女まどかマギカ」が無事残る11,12話を放映した。
これにてアニメは完結であるため、少々遅れたが、僕なりの偏向的考察をしてみたいと思う。
当然ながらネタバレを含むことを十分に注意されたし。
また毎回いうが、個人的見解であるため文句は差し控えてほしい。
しかしながら、どうしてもこのクソ野郎に言っておきたいことがある!という人は、仕方がないのでコメントをどうぞ。
ただ、「私はこう解釈している」というコメントはぜひしていただきたい。

さて、まず最初に最終回についてコレだけいっておきたい。
「小奇麗にみえるようにまとめやがって!」
あくまで「小奇麗にみえる」のであって、「小奇麗」にまとまっているわけではない。
それは全体の考察・評価を交えて説明したい。

ジャンルとしては、「ファンタジーSF」だといえるだろう(ホラーを含むかもしれない)。
そもそも最初はファンタジー色が非常に強いものであったのだが、キュゥべえ(以下QB)=インキュベータの目的(魔法少女の存在)が「宇宙存続のためのエネルギー確保」であることや、ほむらの能力が「時間の制御」であり、過去に戻り同じ時間を何度も繰り返していることが判明することで、SF的要素が増大していった。
とはいえ、本格的にSFなわけではないため、基本的にはファンタスティックな作品といえる。

しかしこの中途半端なSFさが評価を下げる一因にして、最大の原因である。

ひとつ、QBのキャラクタにぶれが生じた。
QBはまどか達に対して「君たち人間の感情は理解できない」という。
ところが「最高の魔法少女」だとか「最悪の魔女」だとか、人間の立場からみた感情的な評価をする。
更に、もしこれが皮肉であったとすれば、それだけで十分に感情を理解していることになる。
ただ、彼らは非常に高度な知的生命体であるらしいから、理解できないと口にしていても、意味や扱い方を心得ているものと思われる(これは第1話において、傷ついた姿でまどか達の前に姿を現し、彼女らの同情を買っていた点からもいえる)。
そうすると理解していないのでなく、その感情的な考え方を許容していないだけである。
しかし彼らは利口で、真に合理的な考え方をする生物のように、劇中では描かれている。
そのような彼らであるのならば、まどか達の感情を汲み取った上で、相互の認識の食い違いによる摩擦を生じさせるような言動は、極力控えようとするのが普通なのではないだろうか。
このことから、QBは人間の感情を理解しているような、理解していないような、正直あまり合理的でない言動のとても中途半端なキャラクタになってしまったと僕は感じている。

そして、過去の改変から生まれる「並行世界」または「改変後の世界」の曖昧さである。
これこそが最終回における矛盾に繋がっている。
QB曰く、ほむらがある一定の時間を繰り返すことで、いくつかの並行世界が生まれたことから、まどかの因果が増大したのだという。
これについては、よく分からないが「因果の強さ=生成魔力の大きさ」ということであるから、そういうことにしておこう。これについては言及しない。
問題は、まどかの望みが過去に大きく干渉していることだ。

SFではよく次の2つのテーマが用いられる。
・「未来は変えられない」
・「過去への干渉は未来を大きく変える」
魔法少女まどかマギカの場合は、どっち付かずなのだ。

ほむらは何度も同じ時間を改変して、異なった結果を生み出そうとしているが、結局未来は変えられないでいた。
過程は違えど結果は同じであるのだから、過去への干渉がもたらす影響は小さいのだと最初は思えた。
ところが、最終回にてほむらの行動が、大きく異なる結果を生むことになるわけだ。
それが意味するのは「過去への干渉は未来に大きく影響する」ということに他ならない。
そうだとすれば、まどかの望みによって過去の魔法少女達は魔女化しないという今までと全く異なった結果を迎えることとなり、それが未来にどれだけの影響をもたらしたか計り知れないのである。
この点は「過去への干渉は未来を大きく変えている」。

それでは何故、さやかやマミや杏子、ほむらはそのまま現在にも同じように存在しているのか。
もし彼女らが本質的には異なった存在として生まれたとするのならば、同じように「異なる存在のまどか」が生まれていても可笑しくはない。
いや、あるいはまどかという存在が昇華する(全ての時空間に偏在する)ことで、その時間軸に存在することが叶わなくなってしまったということなのだろう。
それはそれで、以前の記事で書いた「誰かが救われないエンド」になっているといえ、個人的に望んだエンディングになったわけではある。
ただ、まどか以外の魔法少女らが存在し続けている理由としては、魔女がいない時間軸において、魔獣らが同様の作用をもたらしていることが挙げられる。
ここが、「未来は変えられない」点であり、「小奇麗にみえる」点である。

つまり、まどかの願いによって改変されたのは「魔法少女の末路のみ」であって、今度は過去に魔女達によって与えられた不幸は、魔獣達によって須らく同様に与えられていることになるのだ。
結局、本質的には第三者への不幸を回避することは叶わず、魔法少女達が嫌な思いをせずに済む(主観的な不幸を回避した)世界になっただけだといえる。
本質的に未来は対して変化していない、単に「知らぬが仏」の世界になっただけなのだ。
これをどうして「綺麗なエンディング」といえるだろうか。

こうしたことから「未来は変えられない」のか、「未来は変えられる」のか分からないのである。
これが「中途半端なSF」たる所以だ。
しかしながら、何はともあれ
「自身らの望みだけを叶える(第三者はだいたいどうでもいい)エンド」は他作品の主人公らにも通ずる虚淵氏らしい脚本であった、ということだけは間違いないだろう。

というわけで、【魔法少女まどか☆マギカ】の評価は
オススメ度:☆☆☆☆(5段階評価中4)
である。
僕のようにSF好きの人は「?」なところがあるため☆4つにしている。
SF面もしっかりとしていれば、間違いなく最高の評価を与えていただろうから、やはりそれが悔やまれる。
そのため非常におしい作品といえなくもないだろう。
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| アニメ・ゲーム | 21:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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